胸が苦しくなるようなつらく痛ましいニュースが続きます。事件のたびに児童相談所の責任が問われますが、いくら担当者が子供の様子を知るために繰り返し自宅訪問をしても、こわもての父親にすごまれて毎回追い返されている情景を想像すると、児相の職員にできることは限られているように私には思われます。臨床医は怪しいと感じるケースには遭遇しますが、断定はできません。それまでの外傷の頻度、成長発達の程度、養育環境、家庭問題など多岐にわたる情報が必要ですのでどうしても児相に連絡を取ることになりますが、その後どのような流れで対応が進んでいくのかは不透明です。
平成28年度の虐待児相談件数は心理的虐待、身体的虐待を合計して12万件を越え、過去最高となっています。身体的虐待とは「殴る、蹴る、投げ落とす、激しく揺さぶる、やけどを負わせる、溺れさせる、首を絞める、縄などで部屋に監禁拘束する」などです。子供への虐待症状は、1962年にアメリカの小児科医が小児に見られた原因不明の急性硬膜下血腫と多発性骨折の原因を探り、「被虐待児症候群」と呼んでから注目され始めました。
虐待による外傷の特徴
1.皮膚所見
上の表(愛知県児童虐待対応マニュアル)にみられるように、黄色で示された部分は子供が日頃の生活でケガをしやすい部分ですが、赤色で示された部分に火傷や紫斑、腫れや傷がみられた場合は要注意とされています。お腹、耳、背中、足の内側、陰部などです。さらにケガや火傷の個数、新しい傷と古い傷が混在している場合などが診察室で疑う要素になります。
2.骨折の特徴
骨折は整形外科の専門分野ですが、これをどう評価するかは非常に大切です。古い骨折と新しい骨折が混在しているケースや、歩行年齢に満たない幼児の大腿骨にねじれたような螺旋(らせん)骨折がある場合、虐待の典型的所見とされています。また肋骨骨折も普通は幼児には起こりにくい骨折です。これは乳幼児を持ちあげて前後に激しく揺さぶった際に胸郭に強い外力が加わって起こる骨折と考えられます。
3.頭部外傷所見
「虐待による頭部外傷(AHT)」として以前から知られていますが、これは非常に重篤で多くの場合命に関わります。親はほとんど「ソファーから落ちた」と説明します。もちろんその大半が単なる親の不注意によるものでしょう。しかし加害者が虐待を自白する事はなく、病院に連れてきた証拠を作りたいだけという可能性もあり得ます。慎重な対応が必要です。注意すべきは2歳以下の頭部外傷です。頭を激しく振る行為で動脈が断裂し急性硬膜下血腫が起こります。血腫が脳表を広く覆い、脳が虚血や浮腫を起こし、呼吸停止に至るか、意識障害、植物状態など重篤な後遺症を残します。嘔吐、ひきつけ、傾眠などの一般症状から見つかることもあり、虐待による頭部外傷は臨床医が常に気にかけておかなければいけない原因の一つです。