「三叉神経痛」のこと
人の顔面の皮膚や粘膜は「三叉神経(さんさしんけい)」に支配されていますので、顔面の痛みや触覚は三叉神経を通じて脳に伝えられます。私たちは日常生活で歯や目の痛みがいかにつらいかを知っていますので、三叉神経が非常に過敏な神経であることは察しがつくと思います。脳神経外科の領域では「三叉神経痛」という病気がよく知られています。これは中年以降の女性に多く、数秒から数十秒、うずくまるほどの耐えられない電撃痛が、一日に何度も片側の顔面におこる病気です。洗顔、歯磨き、食事などの刺激で誘発されますので日常生活が極端に制限されます。痛みと痛みの間は全く痛まないのが特徴ですがトリガーポイントといわれる特定の部分を圧迫すると痛みが誘発されます。この痛みはあまりにも激烈なため生活の質が極端に落ちてしまい、通常の生活が送れなくなってしまいます。昔はこの病気で食事もできず顔も洗えず廃人のような変わり果てた姿になってしまった人もいたほどです。歯が原因だと診断されて何本も抜歯されたけれども症状は全く変わらなかったという笑えない話も珍しくありません。この「三叉神経痛」という病気の原因は脳の中にあります。脳の深い場所で、蛇行した血管が三叉神経を圧迫してしまい、その刺激が脳に伝わって激痛を起こすのです。カルバマゼピンという抗てんかん薬が有効ですのでまず試みて経過を見ますが、効果がない場合は「微小血管減圧術」という脳外科手術や「ガンマナイフ」という放射線療法で治療することができます。
「非定型顔面痛」のこと
一方、三叉神経痛とは異なり原因のわからない顔面痛があります。これを「非定型顔面痛」と呼んでいます。先に述べた典型的な三叉神経痛の特徴は持っていませんが、顔面の「うずくような」「締めつけられるような」つらい痛みに悩まされて生活に支障をきたす疾患です。もちろん画像診断を行なっても脳内や耳鼻科、眼科、歯科領域に異常は見られませんので原因が特定できず、患者さんは痛みの緩和を求めて複数の診療科を転々としているのが実情です。
痛みの範囲は三叉神経痛に類似していますが、その特徴は神経の走行に沿った発作性の激痛ではなく持続的な不快な痛みに悩まされます。自律神経や血管が支配する領域におこるため、流涙や顔面紅潮、鼻づまりなどの自律神経症状を伴うケースも見られます。また、この病気はメンタル面に問題を抱えている方に起こりやすい特徴があります。うつ病、心気神経症(特別な病気はないのにどこかに病気があると思いこむ傾向)、抑うつ傾向、ヒステリー傾向、自律神経失調症などを持っている方に多く、感情の変化で痛みが誘発されることもあります。このような心因性の要素が関与していることはわかっているのですが、まだまだその原因や治療については医療従事者の間でも混乱が見られます。最近ではインプラント手術のあとに原因不明の口腔内の痛みとして出現することもあり、「非定型歯痛」と呼ばれています。
「非定型顔面痛」の治療
治療法は確立していません。通常用いる鎮痛剤では効果が得られないのが一般的です。多くの患者さんは当院を訪れるまでに多種類の鎮痛剤を試し効果がない事を実感していますので、新たに別の鎮痛剤を処方することは無意味です。しかし三叉神経が関与していることは間違いありませんのでカルバマゼピン(テグレトール)が有効であるケースが多くみられます。
またこの疾患の原因として脳内の神経伝達物資の中のセロトニン系ネットワークに異常をきたしているとの考えが主流ですので、セロトニン神経を調整する抗うつ剤が良く用いられます。抗うつ剤を内服していくうちに徐々に軽くなっていくことが多いのですが、複数の抗うつ剤を併用しても改善せずメンタルの要素が大きく関与していると考えられる場合は心療内科や精神科の専門医へバトンタッチして治療にあたってもらっています。「非定型顔面痛」の治療は数カ月から数年かかることもあり長期戦になりますので主治医と信頼関係を築き、コミュニケーションを十分とりながら治療を進めていくことが肝要です。