ノーベル文学賞受賞者大江健三郎氏が2023年3月3日に亡くなられました。障害児を授かった葛藤を描く自伝的小説「個人的な体験」は、高校時代に友人と回し読みをして大変衝撃を受けた作品でした。アルツハイマー型認知症(AD)の診断、治療に長く携わってきて、ADの病状はおおまかに4つのグループに分類できると「個人的な体験」から密かに考えています。そして、介護者は無意識にその人に合った介護をしているのだろうと思います。皆さんの身近に認知症の方がいたら、このどれかに当てはまるのではないでしょうか。それは次の4タイプです。
1. OD型AD(おだやかアルツハイマー)
このタイプの方は顔つきが非常に柔和でいつもおだやかな笑顔で受診されます。介護者も同じように落ち着いており、取り乱していません。その患者さんの現状を理解し、受け入れているようにみえます。「認知症患者さんの表情は介護者の鏡」などともいわれますが、その良い例といえます。抵抗や暴言や周辺症状がないため介護者との関係性も良好で、長く自宅介護が可能なタイプです。お互いにいい影響を与え合っているのです。一方で、このタイプの方はやや意欲や活動性低下の傾向があり、めんどくさがりです。デイサービスにはとりあえず行ってくれますが、利用中も特に積極的ではないようです。たまには不機嫌な時もありますが、普段は自然体でひょうひょうと過ごしていますので、施設の方が最も介護しやすいタイプといえるでしょう。
2. IF型AD(いつも不機嫌アルツハイマー)
一方このタイプの方は支配的です。排泄の世話を奥さんがいかに献身的に行っていても「女房なんだから当然の仕事」「たいして迷惑はかけとらん」「女だからあたりまえ」といった発言を普通にします。傲慢で、介護者を見下す暴言があるので自宅でも施設でも対応が難しくなります。病院に来るのも不本意なので始めから終わりまで表情は不機嫌です。ご家族が自宅での尿失禁などの症状を話し始めると「そんな事しとらんやろうが。勝手に作って話すな」「作り話ばっかりしてから」と怒りを表します。介護者はいつもの事と聞き流しながら、我慢と疲弊の毎日です。あまりひどいケースでは鎮静効果のある薬を処方して、少しでも介護しやすい状況を作ることが求められます。
3. ND型AD(なんでもできますアルツハイマー)
文字通り、このグループの方は病識が特に低く、大半の家事ができなくなっていても「何でもやっています」と強調します。しっかり者を演出しているのです。「三度三度きちっと食事は作っています。料理は昔から得意ですから。お金の管理も全部やっています」と自信たっぷりに話しますが、ケアマネに尋ねると現実はゴミ屋敷だったりします。真実は闇の中です。取り繕いが上手なので数回の診察では医師も正しく判断できません。デイサービスは拒否、訪問介護も拒否することが多く、なかなか家にも入れてもらえません。物盗られ妄想が比較的多いのもこのタイプの特徴です。過去に高い地位や指導的立場についていた人が多いので、輝かしかった栄光の歴史を伺いながら、そのプライドを大切にした対応が必要になります。実は心の奥底で喪失感を一番感じているタイプなのかもしれません。
4. AK型AD(あっけらかんアルツハイマー)
アルツハイマー病とうつ病を鑑別する際、「うつ病は鉛の様に重く、アルツハイマーは枯葉の様に軽い」といわれていた時期があります。認知症にいろんなタイプがある事がまだわかっていなかった頃、そのようなイメージがあったのです。このグループの方は雰囲気が非常に軽く、自分のために家族が連れてきているのに、他人事のように振る舞います。我関せずといった空気感です。不平不満はなく、けらけらしたような印象で、一見人づきあいのいい、普通の明るい高齢者のように見えます。けれどもテストをすると実際には見た目よりかなり進行しているので、付き添いの家族がびっくりします。気分の変調が多く、介護者は「今日は機嫌がいいのですが、昨日はしゃべりませんでした」などと報告してくれます。表面的な会話はできるので、長くかかっている主治医でも認知症の進行を気づきにくい、要注意のタイプといえるでしょう。
このようにアルツハイマー型認知症は大きく4タイプに分類されると(個人的に)考えて診療を行っています。これらのタイプは病前の性格にも影響されているのですが、タイプ別に対応方法を模索するという意味で意義があるのではないかと私は思っています。