認知症をたくさん診ているクリニックでは医師たちがいろいろな工夫を凝らして診療を行なっています。「頭はボケても心はボケてない」。そのことを医療者や一緒に暮らすご家族は実感していると思います。物忘れ外来で医師が行なっている工夫はご家族にも役立つことが多くあると思いますのでいくつかご紹介します。
1.病院にかかりたがらない時は?
これはむしろご家族にとって切実な問題ですね。認知機能の低下により病識がなくなり、物忘れをあまり気にかけないのがアルツハイマー型認知症の特徴です。物忘れをひどく心配している人は病気ではないことが多いのです。心はボケていない、すなわちプライドは保たれていますので、「最近物忘れがひどいから病院に行きましょう」という言葉ではただ反発されるだけで承諾を得ることはできません。
最近は脳の定期健診は普通のことですので、ご家族が自分たちの検診に一緒についてきて欲しいと誘う方法が一番有効です。脳梗塞や脳腫瘍や色々な病気を早期発見する事が何よりも大切だから一緒に検査を受けましょうと説明してください。診察室で騙されたと不信感を覚えないように、受付で「本人は認知症の検査とは思って来ていません」というメモをこっそり渡してくださると私たちは気づかれないようにうまく認知機能を探ることができます。
2.診察室での認知機能検査は必要?
一般的には認知機能のレベルを調べる時は簡単な神経心理テストを行います。けれども病院に来た不安感から懐疑的、防御的になっている患者さんにはそのような検査をすることは得策ではありません。一度機嫌を損なうとその後の治療計画が進まなくなります。
そこで何気ない日常的な会話をしながらそのレベルを推測していくことになります。実際問題として、テストの点数より本人や家族が何にどの程度困っているかという事実が一番大切な事ですので、聞き取りを十分に行なえばかなりの確率でそのレベルを確定する事ができるのです。
興味あるニュースを尋ねて「最近は特に面白いニュースとかありません」「自分には関係ありません」、もともと野球好きの方に日本シリーズはどこが勝ちましたか?「野球やら興味ありませんもん」、孫の名前は?「孫はめったに来んけん忘れました」、趣味は?「人と会うのは好きじゃないから行ってません」などという返答が返ってくれば心理テストの必要性はあまりないとも言えます。
3.薬を飲んでくれない時は?
「私はもの忘れなどしない。病院には行かない」と言い張って無理やり受診させられた方でも、数十分の診察を終えて画像診断の説明をして「ほんとにいい時期に受診してくれましたね、ご家族のお陰ですね」「少し同じ年代の人よりもの忘れが進んでいるようです」「でも今なら大丈夫ですよ」「物忘れ病にならないように今のうちからお薬を飲みましょうか」と話すと多くの場合素直に応じてくれます。
ただし、実際には服薬環境が整っていなければ処方はできません。「物忘れをする人に忘れないように薬を飲んでもらう」。そもそもこれは矛盾している話です。ですからご家族の協力や社会的なサポートシステムを利用してきちんと服薬してもらえるかを確認してから治療スタートさせます。
4.薬が効いているかわからない時は?
これもご家族には切実な問題です。抗認知症薬は進行を遅らせる効果と言われていますが、服用してから一時的に症状が改善し元気になった印象を受ける人もがいるのも事実です。神経伝達物質を活性化させるので、会話が増えたり趣味を再開したり食欲が改善したりします。しかしそれも長くは続きません。認知症の症状はその後徐々に進行していきます。その時に薬が効かなくなった、薬を変えなくていいのかという疑問を御家族は持つことになります。
この様な一時的な改善傾向がなくなったからといってそこでお薬を変えてもあまり良い効果は得られません。お薬の変更は大変難しい問題ですが、数カ月から数年の経過の中で進行が早くなったり、対処に困るような周辺症状が急に悪化してきた時に考慮すべき戦略です。
5.副作用が出た時は?
認知症のお薬が処方されたら吐き気や食欲低下や眠気、ふらつきなどに注意して見てあげてください。また急に元気になり過ぎて怒りっぽくなったりイライラ感が増えるようなら副作用の可能性がありますので書き留めておいてください。医師も次の診察の時にそれらの点について質問をするはずです。抗認知症薬は少量から開始してその後通常量に増やしますが、副作用が出た場合は薬を変えるか少量の用量に戻して続けて頂きます。
副作用で食欲が落ちて体重が減ったり、体力が落ちるようなことがあっては本末転倒ですので、良い全身状態が保たれていることがなにより大切です。