顔の半分に力が入らず、顔がゆがんでしまう病気があります。「顔面神経痛でしょうか」というご質問を受けることがよくあります。けれどもこの世に「顔面神経痛」という病気は存在しないのです。顔面神経は顔の表情を作る筋肉を動かす運動神経です。感覚神経ではないので顔面神経が傷害されても顔に痛みを起こすことはありません。この病気は顔面筋の麻痺を起こす「顔面神経麻痺」という病気です。
顔面神経麻痺は通常、左右どちらかの顔面の違和感で発症します。口元に力が入らず水かこぼれる、まぶたに力が入らず、洗顔時に指を目に突っ込んでしまったり、石鹸が目に入る、額のしわがなくなる、などの症状がおこり、見た目にも顔がゆがんでしまいます。舌の前3分の2は顔面神経が支配していますので味が分かりにくくなることもあります。また音を伝える耳の中の小さな筋肉も動かしていますので音が割れて聴きとりにくくなることもあります。ヘルペスウイルスの増殖により後頭部の痛みを訴える場合もあります。
これらの症状は「単純疱疹(単純ヘルペス)ウイルス」が顔面神経に感染したためと考えられており、ベル麻痺と呼ばれています。単純疱疹ウイルスは元来感染力の弱いウイルスですが、過労状態、精神的ストレス、風邪など体力が落ちている時に発症します。(帯状疱疹ウイルスによる重症型の顔面神経麻痺、ラムゼイハント症候群については別記コラムをご覧ください)。この顔面神経麻痺は数日間やや悪化しますがその後1,2ケ月で徐々に回復してくるものが多く、統計的には3ヶ月で80%以上の症例が治癒すると言われています。発症時の症状が強いケースではさらに数ヶ月を要するものもありますが、一般的にはあとかたなく治癒するのが普通です。高齢者では後遺症が残りやすい傾向があります。
症状を長引かせず後遺症を残さないために、早めに薬物療法を開始する事が大切です。①抗ウイルス剤(5日間) ②神経の腫れを抑えるためのステロイド剤 ③ビタミン剤(末梢神経を回復させる)④目薬(まばたきがしにくくなり目が乾燥して角膜炎になるのを予防)、などの薬を使用します。また脳から顔の筋肉への刺激が途絶えているわけですから、逆に筋肉を直接刺激してあげることも重要です。自分で目や口の周囲をマッサージする、電気治療器を使って刺激を行うなどの治療も効果的です。
この病気は見た目にも目立ちますしも生活上の不都合を生じる病気です。けれども悪い病気ではありませんし再発もまずないと考えていいでしょう。効果的な薬剤の開発により治癒率の高い病気ですのでしばらくの間辛抱強く治療を続けてください。