高血圧では常に血管の壁に高い圧がかかっているので、血管の壁が障害されて厚くなり、動脈硬化を起こします。動脈が硬くなると血管は弾力性を失うのでさらに血圧が上がります。この悪循環が原因で脳梗塞や脳出血、心臓では狭心症や心筋梗塞がおこります。
また、高血圧に糖尿病、高脂血症、肥満が加わると血管の状態は急速に悪くなりますので、この四つの病気がそろった状態を「死の四重奏」と呼んだりします。
万病のもとになるこの高血圧症を治療せず放っておくと「高血圧性脳症」を発症することがあります。「高血圧性脳症」は血圧が異常に上昇して脳障害が引き起こされる「高血圧性緊急症」の一種で、時には致命的にもなる病態です。最近当院で経験した症例を紹介します。
「高血圧性脳症」と診断した58歳の男性のケース
数日前から頭痛、吐気、両足に力が入らない、顔や足がむくむ、気分不良などの症状で受診されました。診察室では非常に顔色が悪く、元気がなく、座っているのがやっという体調不良の様態でした。数日間食事が摂れていないせいもあり質問に対する反応は非常に鈍く、全身に力が入らないという状態でしたが、それでもなんとか車を運転して受診していました。一旦ベッドに横たわらせるともう起きあがれないほど頭痛と倦怠感が強く、意識状態はややもうろうとしていました。
血圧を測定すると血圧計では測定不能で、250mmHg以上の重症高血圧が疑われました。またCT検査では脳全体が高度に腫れており、広範な脳浮腫の所見でした。下の写真で脳の中央部が左右対称性に羽を広げたように黒くなっている所が脳浮腫で、脳幹部という意識の中枢も高度に腫れて黒くなっているのがわかります。意識レベルが落ちていたのはこのためだったのです。この方は独居で病院にかかったことも検診も受けた事もなく、長期に亘って高血圧を放置していました。「高血圧性脳症」と診断し、緊急で基幹病院の集中治療室に搬送しました。降圧や脳浮腫の治療を行い1週間後に退院することができましたが、腎機能障害、貧血症、低蛋白血症など他にも多くの病気を有していました。
原因は「脳血流の自動調節能」の破綻
人間の血圧は一日の中でも常時変動しています。脳内の血流量が血圧の変化でいちいち変化しては困りますので、脳の血管は拡がったり縮まったりして脳血流量を一定に保つようにコントロールしています。これが脳血流の自動調節能です。よくできた仕組みです。高血圧の人は健常者より高い血圧値までこのコントロールが効いているのですが、200mmHg以上の重症高血圧が続くとさすがにコントロールシステムが決壊し、一気に脳浮腫が引き起こされます。これが「高血圧性脳症」のメカニズムです。症状は頭痛、悪心、嘔吐、痙攣、意識障害などですが、最近は高血圧の治療がきちんと行われていますので症例は少なくなっています。この方もこのまま病院に来なければ生命に危険が及んだかもしれませんし、激しいけいれんを起こしたり、呼吸障害や腎機能障害を惹起することもありますので、高血圧の管理は大変重要です。