認知症を介護する上で「認知症の人が形成している世界を理解しよう」とよく言われます。幸運にもまだ認知症になっていない私たちにはなかなか難しいことです。人類は地球に誕生してからこんにちまでの数万年間、「育児」のノウハウを蓄積してきました。けれども「介護」のノウハウはまだ数十年しか蓄積していないのです。何が正しくて正しくないのか誰にもわからない手探り状態。これが今の日本人が直面している状況です。物忘れや日にちがわからないという程度ならば普通の老化現象でもあることですから家族もさほど困ってはいません。けれども幻覚、物盗られ妄想、被害妄想、嫉妬妄想、暴言、興奮、介護への抵抗、極度の不安、昼夜逆転、失禁、不潔行為、異常行動、徘徊などが徐々に現れてくると家族の負担は一気に重くなります。愛する妻や夫、尊敬してきた親の変わりきった姿に驚き、失望し、どうしても優しく接する事の出来ない自分を責めて苦しむことになります。そしてそれは85歳以上の4人に一人が認知症という現在、決して他人事ではないのです。
介護を行う上で知っておいたほうがいい5原則があります。それを一つでも実行することで認知症の方のイライラが減り、介護者もやりがいを感じることができるようになります。他の病気と違い認知症介護のきつさの一つは「感謝されないこと」にあります。せめて患者さんが心地よさを感じ、穏やかに過ごしてもらうためにはどうすればいいのでしょうか。
1.快適な刺激を与える
認知症の方にとって最も快適な刺激は「笑顔」です。一日中顔を突き合わせている家族にいつも笑顔で接しましょうというのは難しい注文です。ですからそれは施設でも他人でも構わないのです。「介護はすべて家族がしなくてはいけない」「家族に介護されてこそ幸せ」という思い込み。大阪大学人間科学研究科の佐藤眞一先生はこれを「家族介護の神話」と呼んでいます。周囲の人が笑顔で楽しい雰囲気を作ってあげることで認知症の方は心地よさを感じ、安定した精神状態を維持することができるのです。
2.褒める
認知症になった家族を褒めることはなかなかできません。それは認知症の方がしっかりしていた過去を家族は知っているからです。昔は何でもできた人なのになぜ今はこんなにできなくなったのか・・。そのことばかりに目がいくのです。その点過去を知らない施設のスタッフは「今できること」に目を向けて褒めてくれます。食卓の準備、片づけ、昔話、草むしり、計算、カラオケ・・・。「よくできましたね。お上手ですね。」褒められる事がなくなった認知症の方にとって褒められる事こそがやる気の源泉になっているのです。
3.コミュニケーションをとる
同じ話を一日中何十回も聞かされたり、記憶力が低下して話が通じなってくるとどうしてもコミュニケーションをとるのが億劫になります。家族であってもそれは当り前のことです。でも決して自分を責める必要はありません。誰でも同じなのです。ただ、コミュニケーションは認知症の方にとって「安心感」の鍵のようなものだと知っておいてください。私たちは年を取ると色んなものを失ってゆきますが、認知症の方は特にそれを感じています。周囲から疎外され、何をしても何を見ても面白くなく、孤独に感じているのです。短い時間でも目を見て、身体に触れて、言葉を交わす時間を持つようにしてあげたいものです。
4.役割を持たせる
私たちが生きるためには役割が必要です。人から頼りにされることほど嬉しく、やる気の出ることはありません。認知症の方にもそんな生き甲斐が必要です。できることが少なくなってゆくこの病気の経過の中で、その人にふさわしい役割をぜひ持たせてあげましょう。自宅では洗濯物の仕分けや後かたずけ、デイサービスや施設の中ではスタッフと同じように食卓の準備をしたりお茶を入れたりするなど日課を与えてあげることが脳の活性化を促します。
5.支援と成功体験
子供は小さな成功体験をたくさん積み重ねながら努力することの大切さを覚えて行きます。認知症の方にも日課ができるような支援をしてあげてください。たとえば、立てない方を立たせるサポートをしてあげることは家庭でも大変大切です。私たちは身体の重心を大きく前に傾けなければ立ち上がることができませんが、このバランスは大腿部の筋力が低下するととてもとりにくくなります。ゆっくりと焦らず練習をして自分でできるようになると大きな喜びになります。日常生活のたくさんの場面でこのようなサポートをしながら成功体験を積み重ね、自信をつけていくことが脳の活性化や穏やかな気持ちにつながっていくのです。