テレビを見ていますと最近の健康食品ブームとその宣伝の多さに驚かされます。お金に余裕のある年齢層の方々がこぞって購入しているわけですからアベノミクスの一端を担っているのでしょう。
「効果があるのでしょうか。」との御質問をよく受けます。「CMには『あくまで個人の感想です』と表示されていますから個人差が大きいのでしょうね。」とお答えしています。公正取引委員会の指導に応じて「個人の感想です。」と画面の片隅に表記するのはなかなかうまい逃げ道です。「全く効果のなかったその他大勢の人たち」や「副作用に悩んでいる人たち」のことは一切触れなくていいのですから一般視聴者はその存在に気づきません。ワラにもすがりたい人たち、つまり暗示にかかりやすい心理状態の人たちにとって非常に効果的でアブナイ手段と言えるでしょう。
プラセボ(プラシーボ)効果とは偽薬効果のことで、本物とそっくりの偽薬を処方しても薬だと信じ込むことによって何らかの治療効果が得られる現象を言います。薬のなかった昔は「仁」の南方先生でもいない限りプラセボ効果を最大限に使わなければ患者を癒すことはできなかったでしょう。現在でも痛みや不眠などに対し偽薬は効果があると言われており、薬物依存症などのケースでは家族の同意があれば用いても良いと医師法で定められています。
頭痛外来で毎日数十人の頭痛の患者さんたちを診ていますが、片頭痛、群発頭痛、薬物乱用性頭痛など一筋縄ではいかないケースがたくさんあります。トリプタン製剤や予防薬のお陰で私たちが医師になった頃と比べて格段の治療効果があがるようになったのですが、それでも治療の難しいケースは多々あるものです。今から59年前の1954年、プラセボによって鎮痛効果が得られる人は約30%であるという論文が初めて発表され、痛みは心理的な影響を最も受けやすく孤独や不安で増幅されると指摘されています。それは私たちの日常でもしばしば体験するところです。プラセボを実際の臨床で使う事はめったにありません。けれども外科手術が外科医の手腕に左右されるように、処方する医師とそれを使う患者との信頼関係によって薬の効果にも違いが出てくるように感じられます。
当然の事ながら薬剤は「個人の感想」で認可されているわけではありません。厳密な審査をパスして市場に出た薬ですから確実な効果が期待できるはずです。しかしまた一方、一定の割合で副作用が出ることも避けられません。医師と患者の信頼関係があればその副作用について十分に話し合いを持つことができますし、そういう前向きな関係性の中で処方された薬には見えないプラセボ効果が隠し味として働いてくれるのではないでしょうか。