においと方向感覚と、そして認知症

においと方向感覚と、そして認知症

においによって記憶が呼び覚まされることは私たちの日常でもよく経験します。心理学の本をパラパラと見ていると「ブルースト現象」という言葉を目にすることがあります。これはフランスの作家マルセル・ブルーストの「失われた時を求めて」という小説の中で、主人公がマドレーヌと紅茶の香りで少年時代を思い出すというシーンに由来するものだそうです。徒歩通勤をしていて風の匂いで懐かしい感覚がよみがえるのもそれに近いかもしれません。

においと認知症

認知症の早期に嗅覚が低下するという現象は良く知られています。ただし嗅覚が弱っているからといってそれが認知症のサインというわけではありませんし、匂いによるアロマテラピーが認知症の進行を遅らせるという証拠もありません。証明されているのはあくまで認知症の患者さんでは嗅覚が落ちているという事実です。認知症の初期症状の記憶障害は「海馬」の萎縮で起こりますが、海馬のすぐ外側にある「嗅皮質」も同時に萎縮しているため、アルツハイマー型認知症の人は正常高齢者に比べて嗅覚が低下しているのです。MCIといわれる軽度認知障害の方でも嗅覚低下を訴える方は時々いますし、重症化した認知症の方が自分の周りの臭いに気づかず不潔になりやすいのもそのためです。

においと記憶、そして方向感覚

私たちヒトにとってにおいは美味しい物を味わったりリラックスしたり特別な時に役立つものですが、もともと動物にとってにおいは生存するためのえさや獲物を得る時に最も大切な知覚でした。さらに周囲は敵だらけなので天敵のにおいも記憶する必要があったでしょう。においと記憶はお互いを刺激し合って進化してきたに違いありません。

今年10月、ネイチャーコミュニケーションという医学雑誌に興味深い論文が発表されました。カナダモントリオールの大学の精神科から出された論文で「匂いに敏感な人は方向感覚にも優れている」という内容です。動物がにおいを記憶する時、彼らはその場所も同時に記憶しています。貴重な食べ物がある場所や危険な場所をにおいと共に記憶しなくては意味がないからです。

この研究ではボランティアを二つのグループに分けます。ひとつはにおいに敏感なグループ。もうひとつはにおいに鈍感なグル―プです。それぞれにテレビゲーム(図a)をやらせます。

においと方向感覚と、そして認知症

そのゲームは仮想都市の迷路に入って行って決められたターゲットを早く見つけて帰還するようなゲームです。なかなか面白そうです。

においと方向感覚と、そして認知症

その結果(図b)の様に、においに敏感なグループほど(右に行けばいくほど)、空間認知能力が優れている(上の方に●がたくさんある)ことがわかったのです。認知症に記憶障害や嗅覚低下、道に迷うなどの症状があることを考えると、この三つの症状は密接に関連していてまさに動物が生きるために一番必要な能力なのだと考えさせられます。

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