脳梗塞、脳出血、くも膜下出血などの脳卒中後、20%から30%と高い頻度でおこるうつ状態は「脳卒中後うつ病」と呼ばれています。高齢化が進んで脳卒中患者の数は年々増加していますが、医学の進歩により死亡率は年々減少しています。ということは脳卒中の後遺症で苦しんでいる人は確実に増えているという事を意味しています。
脳卒中の後遺症は手足の麻痺や言語障害など肉体的なものが多いのですが、そのような後遺症を抱えて生きて行かなくてはならなくなった患者さんたちにうつ病症状が現れることは容易に想像がつきます。また、脳卒中発作を起こしたことがない方でも、症状のないラクナ梗塞が脳内に多発するとうつ病を引き起こすことも知られています。
このうつ病の発症には二つの原因があります。ひとつは身体的な後遺症を残したことでメンタルに落ち込んでしまう「心因説」、もうひとつは脳自体が損傷されておこるという「脳傷害説」です。脳傷害説によると脳の病変が感情に関係のある左前頭葉や左基底核にある人ほどうつ病になりやすいという研究結果がでています。最近の研究では脳卒中を起こして間もないころのうつは「脳傷害説」、慢性期になってからのうつは「心因説」でないかと考えられています。脳卒中後うつ病が発症しやすいのは3か月から6カ月後ですが、2年から3年経過して発症する事もありますので、脳梗塞を起こした方を長くみて行く際は注意が必要です。
実際の臨床上、脳卒中後うつ病の診断は簡単ではありません。何故なら言語障害や認知障害、失語や構音障害など患者さんは脳卒中による後遺症をもともと持っていますのでうつ症状をつかみにくく、また患者さん自身もうまく訴えることができないという側面があるからです。過去に脳卒中を起こした方が次の様な精神的な症状を来たしていると「脳卒中後うつ病」の疑いがあります。
- 睡眠薬に反応しない不眠症
- 食欲低下
- 自然と涙が出る
- いつもぼんやりしている、覇気がない
- 投げやりな態度をとる
- 治療に拒絶的、非協力的
「脳卒中後うつ病」に罹患すると四肢の機能回復が遅れ、認知機能が悪化し、死亡率も高まることがわかっています。ですから適切な治療でそれらを防ぐことは大きな意味があるのです。治療の基本は抗うつ剤です。脳が痛んでいますので少量から開始します。また、沈みがちな患者さんの話を傾聴し気持ちを受け入れるだけでも大きな効果が得られる事もあります。
周囲の方々や医療チームが、薬物療法にかたよらず、心理的アプローチも含めながら適切な心の援助をしてゆくことが大切です。